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専攻語案内

フィリピン語専攻

専攻について

皆さんは、「ポリグロット」(polyglot)ということばを聞いたことがあるでしょうか。ポリグロットとは、「多言語」とか、「多言語使用者」を意味しています。東南アジア地域研究の泰斗、ベネディクト・アンダーソンは、19世紀末のフィリピンの知識人たちが、オーストリア人にはドイツ語で、日本人には英語で、お互いの間ではフランス語、スペイン語、タガログ語で、彼ら彼女らの何人かは、ロシア語やギリシャ語、イタリア語、日本語なども使用し、「バベル後の世界」に適応したと書いています。「バベル後の世界」というのは、創世記11章に出てくるバベルの塔の建設をめぐって、神が人びとから共通の言語を奪った後の世界をさしています。

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一見すると、この物語は神が人の傲慢さを諌めた寓話に読めます。しかし、別の見方をすると、神が人に、神、つまり真理に近づくためには一つの言語ではなく、多様な言語が必要なのだと教えている、多様性尊重の寓話として読むこともできます。もちろん、ここでの多様性の尊重は、今日、マスコミなどで語られる形式的な多様性ではありませんし、「ポリグロット」であるということも、単にいくつもの言語を操る能力をさしているわけではありません。19世紀末のフィリピン人たちの周囲には、今日のフィリピン語のもととなるタガログ語を話すことができる人たちはごく少数しかいなかったそうです。言語を何かしら閉じた国語ととらえ、そのなかに安住しているだけでは、その言語がたとえ外国語学部で学ぶことのできるような第2言語であったとしても、第1言語、ないしは「母語」と言われるもののなかに閉じこもっているのと何ら変わりはありません。さまざまな言語に開かれた心を涵養し、さまざまな考えを持つ人たちと触れ合い、対話しながら人類にとっての普遍的な価値を追求する、それが、フィリピン語専攻がめざす学びです。

教育・カリキュラム

ピープルパワーの像

21世紀の「ポリグロット」を育てること、それがフィリピン語専攻の教育プログラムとカリキュラムがめざすものです。その第1歩は、今日の世界が求める「ポリグロット」の像をイメージすることです。その答えを見つけるには時間がかかるかも知れません。もちろん、答えは一つではありません。皆さんの一生のうちの何パーセントかをデザインするとても重要なプロセスですので、十分に時間をかけて考えていってください。たとえ確信が持てる答えが見つかるのが卒業後になったとしても、それはそれでいいのです。
フィリピン語専攻は、そのために言語教育をコアとした、フィリピンの社会、文化、言語の事情を学ぶためのカリキュラムを編成しています。言語を学ぶ目的は、例えばフィリピンといった限られた地域に精通するためのツールを獲得するということだけではありません。ある言語を通じて世界を見たときに、どのように世界が違って見えるか、といった視点を複数化するためにも言語を学ぶ必要があります。ミゲル・シフーコの、あるいはV・S・ナイポールの、セラボイ・ジジェクの、宮崎滔天の著書を原語で読んでみることももちろん大切ですが、それらをフィリピンの言語に翻訳しようとするとき、世界ががらりと変わって見えることがあるのです。
もちろん、フィリピン語専攻が提供する科目は、大阪大学が皆さんに提供する幅広い科目群を前提としています。フィリピン語専攻の学生の皆さんは、大阪大学において開講されているさまざまな科目を、積極的に、しかし、明確な方向性と順序を意識して履修することが推奨されるとともに、大阪大学のさまざまな学部、学科の学生の皆さんがフィリピン語専攻が提供する教育プログラムに参加することを歓迎しています。

ポリグロットたち

フィリピン諸島(Filipinas)を起点とするポリグロットたちは、世界150ヵ国以上と航海上で、それぞれの生き方を追求しています。アラブ首長国連邦のアブダビやドバイでは、空港で働くポリグロットたちに出会うことができます。シンガポールや香港、台湾の友人のうちでは、住み込みで働くお手伝いさんと立ち話をすることができます。アメリカやドイツでコロナ・ウイルス感染症と最前線で戦っていた看護師さんたちのなかには、多くのフィリピン出身者がいました。
もちろん、日本列島にも多くのポリグロットたちが暮らしています。フィリピン語専攻では、1990年代の後半から専攻全体の取り組みとしてフィリピン諸島にルーツを持つ子どもたちの学習サポートを行ってきました。
フィリピン語専攻には、フィリピン諸島にルーツを持つ学生も入学してきています。彼ら彼女らのポリグロットとしてのキャリア・パスは、今日の日本社会ではまだまだままならない状況にあります。そうした閉鎖的な環境を、誰にとっても生きやすいオープンなものに変えていく努力をしていくことが、フィリピン語専攻の責務の一つであると思っています。それをともにつくりあげてくれるポリグロット志向の皆さんが一人でも多くフィリピン語専攻に入学してくれることを願っています。

さらなる学びと研究

フィリピン諸島にルーツを持つ子どもへの学習サポートに携わった学生たちのなかからは、大学院で学習サポートについて深く研究し、高等学校や大学の教員になった卒業生もいます。フィリピン語専攻の教員のうち1名もそうした卒業生の一人です。
現代社会における普遍的な価値観の追求において、水平方向に広がるものがポリグロットの間のオープンな対話であるとすれば、垂直方向に深めるべきものは、個別のポリグロットによる真理の追求ということになります。ポリグロットたちの対話、大学ではそれは教育を通して行われますが、同時に一人一人の研鑽、つまり「研究」による真理の探究が互いに切磋琢磨するうえでの前提となるのです。
研究の場としての大学院は、そのようにデザインされているはずの場所であり、仮にそうではないように見えたとしても、皆さんの働きかけによってそのように変えていくことができる場所です。フィリピン語専攻からは、大阪大学大学院人文学研究科外国学専攻に進学することが可能です。外国学専攻には、アジア・アフリカ言語文化コースとヨーロッパ・アメリカ言語文化コースが設置されており、文字通り解釈すれば、アジア・アフリカに関する幅広い研究テーマに開かれています。自らが探究するものとして、何をテーマとし、何を素材とし、人類が共有すべき普遍的な価値観へどのように近づいていくか、じっくり考えてみる時間にしていただければと思っています。

留学とフィールドワーク

フィリピン大学システム(University of the Philippines System)、アテネオ・デ・マニラ大学(Ateneo de Manila University)、デ・ラ・サール大学(De La Salle University)、ミンダナオ国立大学イリガン工科校(Mindanao State University -Iligan Institute of Technology)との間には協定が結ばれています。これらの大学へは、協定による交換留学(相手先での授業料免除)の他、私費による留学も推奨しています。またサン・カルロス大学(University of San Carlos)、東ビサヤ国立大学(Eastern Visayas State University)との間には、学生交流の覚書はないものの、活発な学術交流を行っています。
フィリピンへの留学は、先進的な学問を学ぶというだけではなく、現地でのフィールドワークやネットワークの構築という欧米の大学に留学する場合とはまた異なったアドバンテージを得ることができます。

学生生活

フィリピンにルーツを持つ高校生との交流

このほかフィリピン語専攻には、民族舞踊を通してフィリピン社会の理解をめざす学部公認団体「フィリピニアーナOGF」、日本で学ぶフィリピンにルーツを持つ児童生徒のサポート活動などがあります。学生も夏まつりでのフィリピン料理の提供や語劇祭でのフィリピン語劇、国内外の各種団体におけるボランティア活動などに参加しています。

卒業後の進路

上でも少し書いたように、日本社会は、海外にルーツを持つ学生の皆さんにとって閉鎖的です。日本社会がいまだ出身地(校)や言語、その他の属性にもとづいて人を判断しがちだからかも知れません。卒業後の進路として、フィリピン語専攻で学んだ学生の皆さんに望むことは、多くの人と出会って欲しいということです。人と出会い、人を属性ではなく、それまでやってきたこと、これからやろうとしていることで判断してください。「日本社会では属性にもとづいて人を判断しがち」と書きましたが、人を属性で判断しないようになると、その日本社会でも、多くのポリグロット、開かれた人たちと出会うことができます。少し話は飛びますが、セブ島のあるビサヤ諸島では、古代、人が亡くなると友人たちが交易品のお皿を持ってきて亡くなった人とともに埋葬したそうです。副葬品としてのお皿の数は、亡くなった人の富ではなく、友人の数を表していたといいます。平均寿命の上昇によって、学生の皆さんが就職し、定年によって退職してからの時間がたっぷりあるというようになってきました。老後の不安は、多くの場合、お金の心配に結びつきがちですが、お皿が集まる、つまり仕事だけでのつき合いではない人と出会う生き方をしてみたいものです。
 もちろん、社会の経済的な基盤が重要ではないということを言いたいわけではありません。むしろ、少数精鋭で少子高齢化の難局を克服しなければならない今後の日本社会においては、産業立国に対して科学技術が持つ比重が今以上に大きくなっていくと予想されます。そうした社会では、上で書いたようなマスプロ教育からの脱却とともに、皆さん一人一人が卒業後に新たな産業立国の創造に参与していくことが求められているのです。卒業後の進路、とりわけ就職や起業、進学は、そうした観点から考えてみることをお勧めします。

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