外国語学部SCHOOL OF FOREIGN STUDIES

言語ワールドツアー The Language World Tour

アラビア語専攻

「ウサギ」を売っているのは何屋さん?(エジプト)

 日本でウサギを売っているのは、ペットショップ。最近はホームセンターでも見かけますね。では、エジプトではどんなお店でウサギを買えるのでしょうか。エジプトでウサギと聞くと、皆さんの反応はおそらく、

 「えっ、エジプトにもウサギはいるの?」

だと思いますが、エジプトにもいるのです。気候が違うので、品種は少し違うのでしょう。日本では癒しを求めてペットと暮らすのが大流行ですから、

 「エジプトでは、ペットにウサギが流行っているの?」

と思われるかもしれません。

 アラビア語でウサギは أرنب 'arnabアルナブと言い、日本や世界各地の物語と同じように、動物寓話などでおなじみの存在です。「因幡の白ウサギ」や鳥羽僧正の作品とされる「鳥獣戯画」でも有名ですね。では、偶像(崇拝)禁止(神様だけが創造できる生き物を人間が模倣するのはダメ)のお国柄で、ウサギはどのようなイメージで広まっているのでしょうか。それはアッバース朝時代初期(850年頃)に成立した『カリーラとディムナ』[1](枠物語の主人公である二匹の山犬の名)を見ると、よく分かります。

 写真をご覧ください。これは14世紀のカラー挿絵入り豪華写本を紹介した、とても素敵な本の表紙です[2]。写真を見るだけでとても楽しく、皆さんもぜひ図書館で探してください。これは「野兎と象」という挿入物語の中で、فيروز fayrūzファイルーズという名で教養と機転で知られるウサギが仲間に対して、棲みかの穴を象により踏み荒らされる窮状対策を提案している場面です。草むらの中で少し大きな石の上から仲間に向かって話していますが、どことなく、猫や犬に似た趣がありますね。それに、日本の「因幡の白ウサギ」とは毛色が違います。でも、こんな絵を見ていると、原典のアラビア語で読んでみたくなりませんか。また、こんな本を愛好したイスラーム文化をもっと深く知りたくなりませんか。

 お話の筋が横にそれましたが、エジプトで「ウサギ」を売っているのはفرارجيfarargīファラルギー(鳥屋、家禽商)と呼ばれるお店です。しかも、ペット用でなく、鶏と同じで食肉用です。以前とは異なり、最近ではお肉に処理して売られるケースも多いようです。

日本でも広く親しまれるようになった高栄養の野菜 ملوخية mulūẖīyaモロヘイヤの葉を細かく刻んでウサギ肉を入れスープにするのです。トリ肉より少し値が張りますが、エジプトの代表的な庶民料理の1つです。ハト料理と並び知る人ぞ知る類のものですから、エジプトを訪れたら是非味わってください。エジプト庶民の健康と胃袋を支えてきた料理の1つとして、これを知らずしてエジプトの味を知ったことにはならないでしょう[3]。ウサギ肉の入手が困難ですから、日本では味わうことができません。

 ところで『カリーラとディムナ』では、「野兎と象」(前述)や「野兎とライオン」の話では知恵があり機転が利く動物として描かれ機略は成功しますが、「小夜啼鳥と野兎と猫」では、策は成功したように見えても最後の最後で猫に食べられてしまいます。日本の「因幡の白ウサギ」みたいに悪知恵としては描かれていませんが、弱い小動物としての宿命は『カリーラとディムナ』のほうが正確に伝えているようです。

 


[1] كليلة ودمنة Kalīla wa Dimna. 古代インドのサンスクリット語による動物寓話物語『パンチャタントラ』(『五巻の書』の意味)をパハラヴィー語(中世ペルシア語)経由で ابن المقفع Ibn al-Muqaffa'イブン アル・ムカッファアがアラビア語の翻案訳を作り、古典アラビア語による散文作品のお手本として愛読された。日本語訳は、菊池淑子訳(平凡社、東洋文庫331、昭和53年)。

[2] Esin Atil: Kalila wa Dimna Fables from a Fourteenth-Century Arabic manuscript. Smithsonian Institution Press, Washington, D.C., 1981. 長く無造作に書架に置いていたので、表紙の色が一部褪せているのをお許しください。

[3] つい最近まで、この料理はエジプトだけと思っていましたが、アラビア語専攻の外国人特任教員 عبد الرحمان 'Abd ar-Raḥmānアブドッラハマーン先生(カイロ大学アラビア語・アラブ文学科)と話していたら、シリアでもウサギのモロヘイヤ・スープを作るそうです。


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